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000007 by Paul Uehaller
000007, a photo by Paul Uehaller on Flickr.
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08.29

夭折。知人が亡くなった。本日通夜、明日葬儀の段取り。2ヶ月ほど前までは月に一度ではあるが毎月お会いしていたのだけれど、数度の入院でとうとう浄土に帰られた。25日の日には部屋から出て来ることが出来ず床に伏し、その日夕方調子を崩し病院に行ったところそのままになってしまわれた。ご本人と話をしていて端々に病気を受け入れていて死を覚悟しているような印象を受けた。生前間違いなく仏に出会われただろうなと確信しています。僕もいつか来るその日のために精一杯生きていたいと思う、のだけれど、実際はそう簡単ではないス。

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08.28

50年近く前のネガフィルムが、押し入れの奥から大量に出てきた。母が何やら整理して捨てているので「記録として出来るだけ残すべき」ということで無理矢理僕が保管することとした。今では絶対に撮れないような時代の空気感が写っている。これを焼却してしまうのはあまりにも勿体ない。最近、自分で写真を現像し、時にはプリントもするようになって銀塩写真の価値を痛切に感じている。どんなにへたくそな写真であっても、メガピクセルでは到底表現できない何かが銀塩プリントにはあるのだ。それにしてもどうして昔の写真ってこんなに素敵なんだろう。光学技術だって現代とはかけ離れて時代遅れなはずなのに。モノクロネガをスキャンしただけでその秀逸さがわかる。フィルムや現像液などの感材が今よりも優れてたのだろうか?それともモノクロに最適化されたレンズのおかげなのだろうか?ハーフ版ですらそこに写る人の内面を写してしまうような確かな雰囲気がある。対象物(人、風景)と撮影者との距離がとっても近く感じるのはやはり時代性だろうか。沢山の銀塩プリントを見て考えさせられた。なんちゃって考えているフリしながら思うのは、それでもフィルムで撮影を続けるのは大変だよなあってこと。時々疲れます。でも夢のような楽しいひとときでもあります。

08.19 plus

(まだ夏は終わっていないけれど)今年の夏はどこにも出かけなかった。家庭内プチイベントということで昨晩花火をした。最後は線香花火を家族4人でするつもりだったけれど3本しか残っていなかったので僕以外で誰が最後まで続けられるか、という競争の図。

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相当暑い夏の午後。でもたまに西風が吹いてくる。

08.19

午前中の仕事の後、午後からは老人の施設で法話をしてきた。約30分。途中寝てしまう人、ずっとつぶやいている人、様々な人がいたが何人かのお年寄りは僕の話を聞いていてくれた。テーマは二つ。「お盆の意味」と「定業中夭」について。二つ目のテーマはできるだけ簡単に話すように心がけた。自分のことを例えに話せばよいのだから、わりにリラックスして原稿をみることなく話せたと思う。今年は他所で法話をする機会が多くてよい経験になる。途中の雰囲気を写真に撮ろうとも思ったが、ライカを忘れてしまったので撮らずに帰ってきた。今思えば雰囲気のある写真が撮れたようにも思う。